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クレヨン社 ボクが学生時代に最も影響を受けたアーティストです。 知っている人はあまりいないかもしれないなぁ・・・ 加藤秀樹さん(作曲、編曲、演奏)、柳沼由紀枝さん(作詞、作曲、ヴォーカル)の二人組のユニットで 1988年7月にデビュー、活動をしていました。 (活動再開しました。) クレヨン社の曲は非常にバラエティーにとんでいます。 ジャンルとしてはバラードからポップス、ロックまで・・・ テーマとしてはメッセージ色の非常に強いものから新鮮だけどどこか懐かしい思いを感じさせるものまで・・・ 時に優しく、時に強いボーカル&曲調にもなっています。 しかし、そのどの曲も聞いた者の心になにかしら感じさせるものを残していきます。 それは懐かしさ・暖かさであったり、せつなさの中に勇気を与えてくれるようなものなど・・・ はぢめて、彼らの曲に出会ったのはらラジオの深夜放送「オールナイトニッポン」の特番でした。 通常の放送ではなかったので何気なしにラジオをかけていたのですが その時にデビュー曲「痛み」を聞いて・・・ 聞いた瞬間の強烈な印象は今でも忘れられません。 なにか心に突き刺さってくるようなものがありました。 その頃はまだ音楽に対してそれほど興味は持っていなかったような自分だったのに 翌日から市内のCD屋に探しに行ったり(結局、なかったので取り寄せてもらった)、 FMに電話やはがきでリクエストをしていた覚えがあります。 現在、活動を停止してしまい(再開しました)、彼らのCDもほとんどが廃盤になってしまいましたが もし、中古ショップなんかでCDをみかけることができたなら 一度、手にとってためしに聞いてみてください。 きっと、心に染み入るものがあるはずですから・・・ 痛み 4:20 作詞/柳沼由紀枝 作曲/柳沼由紀枝 編曲/加藤秀樹 赤く暮れる 校舎の裏で わかりあえない もどかしさに殴り合い 切れた唇 血の味と痛み 悪ぶることが 勇気だと信じてた こみ上げてくる 熱い何かを 押さえるすべも 知らなかったのはteenage コンクリートの 教室は暗く 冷たく感じ背を向けてたけど 少年を卒業する日 振り向いて見た景色を そっとそっと胸に刻んだ だれもの背中 くたびれた気配 おんなじような コートを着た人の群れ 鳥も飛ばない 切りぬかれた空 西日のビルの ため息に枯葉が舞う 見かけの自由で 飾り立てられ 目に映るのは ついに渇き果てたtownscape ああ人ごみで 不意に肩を押され 交差点の途中で立ち止まる 渡りきる前になにか やりのこしている気がして 僕は僕はたまらなくなる ラッシュのホームで 首をすくめて 血の気のない 風景に埋もれてないか? 網棚の上 おいていかれた 雑誌みたいな 気分に浸りきってないか? 偽りの歌 歌ってないか? にせものの夢 買わされ続けてないか? 傷つくことに おびえてないか? ひたむきでいたい 自分をだましてないか? いたずらに時を 憎んでないか? 招かれるままに 明日へ流されてないか? 汗も流さず 甘えてないか? なまぬるい部屋 飼いならされちゃいないか? 見ないふりして 逃げていないか? ものわかりのいい ふりをしてあきらめてないか? 少年の時間 作詞/柳沼由紀枝 作曲/柳沼由紀枝 編曲/加藤秀樹 今肩にぶつかった人を振り向いてみる 孤独なグレイの影 人波をぬってゆく 暮れゆく空は急に蒼さめて見え 街の灯りだけが 白々と浮き上がる なぜだか家に帰る気分になれず また見送ったバスが 煙だけを残した 傷つきながら無茶ばかり重ね 悲しげな母の姿から目をそらして 決して困らせたいわけじゃないさ このやるせなさの理由は僕も知らない 目の前をたくさんの人が流れてゆくよ たたずむ僕になんて気をとめる人もいない 他人の寂しさなど誰もわかりあえずに 大人たちはうつろな目に何を映してるの やがて少年の日に別れ告げ 青春の本当の意味に気づくだろう 明日という時のもろい橋は 通り過ぎたそばからくずれ落ちてゆくよ 大切なのは大切なのは 心の叫び声止めてしまわない事 父親の背を越えた時の寂しさに似た 複雑な感情が僕の中で交差する 変わらないものなんて無いとわかっていても この瞬間の僕のままでもう少しだけ 人も時代も街も夢も動き続けて 気付けばまるで違う顔になっているだろう 暗い灯りともしたバスが扉を開けた 冷たい風に背中押され 僕は乗るけど ラララ・・・
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